信じたいものを信じたい

発達障害、三十路手前、うつ。生き延びるためにブログを始める。

私がブログをはじめた理由

 タイトルの通り。

 一言で表したところは、ブログ説明やプロフィールに記載してあるけれど、今回はそれを掘り下げて書き綴ろうと思います。
 改めて掘り下げるわけだから、きっと幾らかの長文になるのでしょう。
 アウトラインは用意してありますが、さて。

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「自分は何者なのか」という問いの効用について考えてみた

 「自分は何者なのか」と自身に問うことに、はたしてどれだけの意味があるのだろう。

 これは多くは思春期から始まる問いで、その実態については発達心理学やコミュニケーション心理学の分野で詳しく言及されている、人間にとってまったく自然なものでしょう。
 一方で、「自分は何者なのか」なんて言葉にしてしまっても、答えはおよそ言葉にはならないだろうことは想像に難くなく、そんな呟きを繰り返すことは一種のカッコつけのようでもある。

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自分の中の、思考と知識に対する欲望の話。

 体温が下がらない。
 36度台後半まで下がっても、油断するとすぐに37度台に戻る。
 この「油断する」と言うのは、「液晶に向かって情報収集や文章作成を始める」とほぼイコール。
 特に、頭を使って考えながら、液晶を眺めて目を使い、書く、という作業がとても高負荷らしい。  とはいえ、体温のピークは37度5分程度で、微熱特有のだるさはあるがそれ以上のことはありません。

 ……なにより、折角のブログをこうもほったらかす事がいい加減に嫌になってきたので、今日は構成を考える必要もないような軽い話を置いていこうと思います。

 * * *

 ふと、『「ノマド的」であることは「ヒッピー的」であることに似ているのではないか』という考えが、降ってきたのです。

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更新のための更新には何か意味があるだろうか

 あるいは実行者自身にとって、更新を習慣付けるという意味を持つのだろうか。

 

 ……歯抜けに身のない記事を投下してますが、熱が下がらんのです。  

 特に、ディスプレイ上の文字を見ながら頭を働かせること――正にブログの更新だとか、情報収集だとか――をすると、体温がズンドコ上がってしまう。  

 朝の起き抜けなどは、下がったかなと思うんですけどね。視神経や脳ミソを使うとダメ。

 

 ブログを始めた理由についてもアウトラインが仕上がったし、記事にしたいネタは山ほどあるのですが。  

 もうしばらくは、大人しくしているしかないらしい。

挨拶回り おまけ

 今になると投稿した(はずの)コメントが見当たらないとか、そういう系のこともあるのですが。

 ちょっと動作が不安定だったり一回エラーになったのを投稿し直したりしてたので、単に反映されてないだけでしょう。
 後日、また折を見て何かしら適切なコメントを投稿したいと思っています。

 今後は他にも色々なブログを読んで交流を持ちたいと思うものの、「自分のブログを更新すること」が力まず生活の一部にできるようになることが最優先。

(尚、いまこの記事を書き始めた時点で微熱が生じています。……はやりの麻疹じゃあるまいな……?)